ジミ俗研究室

世間知らずのくせに思考を好んでいる情報弱者のブログです。「俗」な物事について気になったことを気になった順に書き記します。

YouTuberジョンレノを本当に応援している

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炎上うんぬんの話がしたいわけじゃない

彼を純粋に応援している。なんなら彼が今直面している問題について少々の持論を持ち、あわよくば本人の目に触れてほしいとすら考えているほど応援している。そう、今から僕は失礼なことをするのだ。登録者数93人どまりで活動を半ば諦めた人間が桁が4つも上の大物に対して意見をする。木更津に住んでる人間が港区の地価について論じるようなものだこんなの。それでもやる。語る。というのは、ざっと調べる限りそこまで分析したサイトが無かったから。

 

この記事ではジョンレノというキャラクターの道のり、どうしてウケたのかという理由を分析した上で現在の彼の動画の方向性、伸び悩みについて書いていく。

少々長い文章になるが、最後まで目を通して頂けると嬉しい。言ってしまえば拡散希望である。結果的にめぐりめぐって僕の知名度と好感度を上げたいからだ。

 

 

チャンネルの推移

「なかなか50万人行かんなあ」ジョンレノ、もとい演じる岩崎智樹が2019年6月5日更新の動画でポロリとこぼした。少々伸び悩んでいるようだ。

元々は50万はゆうに超えているチャンネルだったのだが、現在の49万5千という数字になるまでにはいくつかのイベントを経ている。彼の現状と、オワコンと言われる理由についてを把握するために、時系列で説明しよう。(※そこそこ詳細についても語るので長くなります、だいたい知ってる人や正直どうでもいい人は「ジョンレノは何が面白くて伸びたのか」までスライドして飛ばしてください)

 

・2016年7月、チャンネル開設

この頃から全くの無名だったわけではなく、Twitterでの動画投稿から小規模でのコミュニティで知られる存在だった。YouTubeチャンネルはTwitter動画をまとめたもの及び自作曲の弾き語りをアップロードするために用いられていた。

Twitterの動画は、主にその独特な縦長い顔を使ったもの。ようかい体操第一やミッキーマウスマーチなど明るい曲を流しながらなんとも言えない真顔でこちらを見ながら横に揺れるというもの。これの面白さについては、チョコスモ時代の動画などと合わせて後で少しだけ触れる。

 

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・2017年1月、YouTuberとしての活動開始~同年3月チョコレートスモーカーズ結成

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 ジョンレノというキャラクター像は少しずつ固まっていた。あまり表情は変えず、幼馴染のケビン、高校の同級生のアレックスを不安定な言動で翻弄する。この2人がキャラクター性ゼロで普通の若者でなおかつ決して不細工ではないという立ち位置であるだけに、ジョンレノだけはそのルックスも相まって際立つという構図になった。

そこにもともと個人でYouTuberをしていた当時15歳のまみこ(すぐヨハンに改名)を友達として引き入れる形で、半ば仲良し4人組でゆるく活動するようにしてチョコレートスモーカーズは発足した。

ジョンレノのキャラを際立たせる構図が上手くいき、チャンネルは日単位で成長したが、動画のクオリティは低予算なものが続いた。アドセンスの登録をミスったせいでYouTuberとしての収入が0だったからである。しかしジョンレノ自体が一部の中高生のトレンドであったため、他のトレンドを扱う必要がなく、チャンネル運営に必要な支出が0でも問題なかったのだろう。

2017年5月、ケビン一時脱退中に収益化し、この頃から商品のプロモーション動画が圧倒的に増えた。以降活動休止まで増え続け、ピーク時はほぼすべての動画がプロモーションとなることになる。

 

 

ヨハン脱退~チョコスモ解散

プロモーション動画の増加に比例して、メンバーの中でヨハンの役割が大きくなっていた。中学生の頃から一人でカメラに話し慣れているヨハンは、動画内で商品の説明をする仕事に適し、実際コメント欄でもヨハンの商品紹介はわかりやすいという評価が多かった。

ヨハンの好感度とは逆に、ジョンレノは静かに苦境へ苦境へと向かっていた。当時チョコスモはYouTuber事務所siLVer所属、2017年活躍したYouTuberの筆頭となる予定だったジョンレノは、その人気で事務所を成長させることに目標が変わっていた。後に本人が語った話によると、事務所主催ではなくジョンレノ個人が食事会を主催し、その費用もジョンレノ個人の収益から出されていた。事務所のための会食にもかかわらず、である。加えて視聴者プレゼントで当時高値で転売されまくったNintendo Switchを何台も用意したりしていたので、チョコスモの売り上げはほとんどその経費に消え、ジョンレノの生活は税金を払えないほどにまで困窮していたのだ。

そして、ジョンレノの不遇を決定づける事件が起こった。ヨハンへの暴力・いじめ疑惑である。きっかけはヨハンへの寝起きドッキリだった。ヨハンに商品紹介のイメージが付く前はいじられキャラという演出で寝起きドッキリが定期的に行われていたが、視聴者には20歳の青年たちが5つ下の少年を3人がかりで身体的な傷害を与えているように見なす者も少なくはなく、事実初めはジョンレノのダル絡みのようなものだったのが最終的に風呂桶に突き落とすまでのエスカレートがあった。

実際彼らの中では対等な友人関係で、少々の干渉はじゃれあいの範疇だったのだろうが一般論ではそうはいかず、彼らの中での年齢差に関する認識が弱かったことが招いたイメージダウンだった。周囲からすればヨハンに編集も説明もやらせてるのにいじめた挙句収益も3%しか分配されないという状況なのだからこうなるのは当然の流れだった。

 

さらに不運だったのが、これでは終わらなかったということだ。チョコスモが東京に進出した頃、ジョンレノと、彼の恋人、そしてヨハンの間で軋轢が生まれた。食事会が多くなったジョンレノは、年下の恋人を家に一人にすることが増え、恋人は不安感から年齢の近いヨハンに相談、ジョンレノはその事実を知ると浮気とみなしヨハンを糾弾し、二人の仲は一時的に険悪となった。そのムードは少なからず動画に表れ、結果としてジョンレノの暴力疑惑が強まった。そしてヒートアップした2人の喧嘩はジョンレノがヨハンを半ばクビにするような形でヨハン脱退にまで至らせた。脱退の知らせは文字が流れる簡素な動画で本人らの直接の説明はなし、ケビン一時脱退の動画との温度差から視聴者のヘイトを溜める悪手であった。

謝罪ブームのご多分に漏れず、すぐさま彼らは謝罪動画を投稿、それもまたジョンレノがどうしてこうなったかまでは説明せず、内情を知らない外様が噂を盛り上げジョンレノのイメージは地に落ちた。説明をしなかった理由としては、本人曰く(意約)、ここで何を説明しても自分が悪人であるイメージは変わらないので語らないことでヨハンを含めた関係者を噂の標的にさせない選択をしたとのことだった。これも悪手である。基本的にグループを統括する立場でなおかつ不祥事を起こした本人なのであれば事の経緯をなるべく詳細に話すのがリスク回避、被害者感情の観点からは必要な初動であると僕は思う。たらればの話にはなるが、ジョンレノがここで自分がどう見られるかを複数の視点で客観視できれば彼を含めた関係者たちが一番損をしない形で決着がついたのではないだろうか。あくまでたらればであるが。

ジョンレノは活動自粛、チョコスモも機能停止。その後、動画のクオリティの観点としては悲しい出来事が続いた。

ロングビーチ・ジョンレノTV~ジエンド

ジョンレノを失ったチョコスモメンバーは早急な対応を余儀なくされた。もともと一人で活動していたヨハンはまみこ部のまみこにスムーズに戻れたが、アレックスとケビンが浮遊状態。そこで二人はかねてより親しくしていた二人組YouTuberの東京コンセントマジックのアダムとボブを引き入れ「ロングビーチ」を結成。しかしジョンレノのキャラに依存していた体質が急に変えられるわけでもなく、本人たちの自己紹介や近辺報告として自らのコンテンツを薄切りにして動画にしていく、到底長く続けられるわけもない運営形態だった。それでも視聴者は少なくなかったが、これはチョコスモ時代で現れた「その人の動画があれば面白くなくても幸せ」な層、簡単に言えば顔ファンによるものが大半である。

ロングビーチの結成に少し遅れる形で、多方面から復活が望まれたジョンレノが個人チャンネル「ジョンレノTV」を開設。友人である「多村家の日常」のたむちんがしばしば登場するも、これはこれで安定した低空飛行を見せ、華々しい復活にはならなかった。

 

ロングビーチの惨状をリカバーするためか、ジョンレノは2つのチャンネルのメンバーを統合、さらに新しいチャンネル「ジ・エンド」を開設した。しかしこれもうまくはいかなかった。理由としては、ジョンレノのキャラが据え置きだったにも関わらず、炎上の残り火を気にして全面的にプッシュしなかったことが考えられる。ロングビーチ時代の自己紹介、近辺報告だけの動画のクセがここで残り、「報告系YouTuber」と揶揄された(どのくらい報告してたかというと、全69本の動画でだいたい35本、半分が報告系。中にはメンバー、グループ名の改名だけの報告も)。報告以外の動画は、ドキュメンタリーを装ったコントが中心だった。これは「多村家の日常」でキレる演技に定評のあったたむちんが中心だったが、ジョンレノとたむちん以外の演技に限界がありこれも長くは続かなかった。

方向性に迷う6人は、それぞれが夢と称して別々の企画でチャンネルを作り始めた。

 

ジョンレノ(岩崎智樹)・ケビン(宮川健太)→Violet

たむちん→たむちんの仮想通貨channel

ボブ→BOB'Sキッチン

アレックス(藤田悠人)→モデル志望(チャンネルなし)

アダム→学業(チャンネルなし)

 

その結果、彼らの拠点が地元滋賀と東京で二分され、撮影がスムーズにできずジエンドは半年足らずで解散したのであった。

 

 Violetの迷走

ジョンレノとケビンは、岩崎智樹と宮川健太として本名名義で音楽グループVioletを立ち上げた。Twitter時代から自作曲を弾き語り、「歌はイケメン」「智樹くんの時はカッコいい」という評価があった岩崎としては、元々の夢でありジョンレノに頼らない新しい人気獲得システムとしてVioletに注力することとなる。

 

本人たちは真面目に夢を追いかけるつもりだったようだが、音楽的には正直音楽ファンを取り込むにはかなり難しいものがあった。

曲そのものは2000年代J-POPの後追いのようなありがちなメロディや言葉選び感が否めないし、歌唱力に関しては岩崎の音域が狭く宮川の声量が小さいという致命的な弱点を抱えていた。

音楽的な弱点を改善できないまま、元アレックスの藤田悠人をメンバーに引き入れ、さらに音楽の素養を持たない彼はDJの担当に。形態だけはファンモンのそれであった。

 

 歌唱力の増強、楽器に関する勉強が不可欠であった彼らは、自らのボイストレーニングと商業音楽に関する学習を後回しにして自分達より声の出るボーカリスト2人をメンバーに入れるという安易な手段に出た。

しかしこんな体たらくでもファンミーティングには小さいライブハウスに集客できるほどの人気はあったのだ。平たく言えば顔ファンの存在である。飛びぬけてルックスが優れるわけではないがジョンレノとの表情のギャップに惹かれる固定ファンは少なくないためその集団からギリギリ収益を望むことはできた。しかしクリエイターとして彼らを評価する者はいないので少しずつ固定ファンが剥がれていく縮小再生産に落ち着き、グループの成長を望む岩崎たちにとっては芳しくないまま藤田の脱退を迎えることとなる。

 

 

自らの悪手で八方塞がりとなった岩崎は、ヒカルとラファエルに相談。彼らのアドバイスから、未だ多くの登録者を持つチョコスモのアカウントをジョンレノ個人のチャンネルとして運用、2019年元日からほぼ毎日投稿で現在に至る。

 

以上が詳細を含めたジョンレノの栄枯盛衰である。

 

 

 

 

 ジョンレノは何が面白くて伸びたのか

長くなったがいよいよここから本題。ジョンレノがあれほどのロケットスタートを決めた理由について。これを語るに必要なキーワードは「二重構造」である。

二重構造は数年前からお笑いやバラエティでのトレンドになりつつあるエンターテインメントの手法。イッテQのスタッフいじりやめちゃイケの台本を感じさせる内輪もめなどがそれにあたるだろう。

松本人志が世間に広めた「笑いは裏切り」という一般化された規格が日本人の「お笑いIQ」を半ばガラパゴス化させるようにして吊り上げたわけだが、この影響でテレビでのバラエティ企画にマンネリを感じた世間は「作り手(スタッフ)の目線」というメタ的な視点を感じることに面白さを感じるようになった。これが二重構造である。

この辺の話を論じるとまた長く白熱してしまうのでこのような概要にとどめておくが、つまるところチョコスモの動画はこの二重構造になっていたと考えられる。

 

前提として、ジョンレノはキャラであり岩崎智樹の演技である。つまりいくらジョンレノがびっくりしようがジョンレノがメンバーをイジろうが素から出た言葉ではない台本のようなものなのだ。そこでYouTuberがやりがちなドッキリ企画をするものだから、生身の人間がやるドッキリよりキャラを纏ったジョンレノがやるドッキリの方が一段階発展したものであることは明確である。なぜなら視聴者は多かれ少なかれ「作り手」を意識できるから。

ジョンレノのキャラクターは、全てのありがちな企画を、それを用いたシチュエーションコントに変える特性があるのだ。(実はTwitter時代の動画は二重構造にはあたらないと考える。どちらかというと「無表情と明るい楽曲」というギャップが生む一次的な笑いともとれる。類似動画に大入道トーマスが挙げられる)

 

今年初めに復活したジョンレノにも、その特性がよく表れた動画がある。これだ。

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YouTuberの年収は基本的には謎であり、儲かっているYouTuberがこれを公表することで再生数を伸ばすコンテンツとなる。ヒカルなど金を使いまくる系のイメージがあるYouTuberがこれをする傾向にあり、ある程度YouTubeを見ている視聴者からすれば有名な題材だ。YouTubeで夢を見たい者、YouTuberが「楽して儲ける様」を見て怒りたいアンチがまたこれだとこのようなサムネとタイトルをクリックする。

 

しかし待っていたのは年収を聞いてびっくりして後転してしまった勢いでたまたま大阪に着いてしまうジョンレノという、言ってしまえばちょっと質の低いショートコント。 年収を聞きたいという期待に反するトンデモ設定のコントという構図は「笑いは裏切り」の方程式に合致するし、ジョンレノという予測不可能なキャラがこれをやることで無理やり整合性が取れるというキャラの特性を活かした唯一無二の動画形態なのだ。

 

これぞジョンレノ、この方向性がベストマッチだと僕は思う。キズナアイコラボ動画とかもそうだし。

 

 

しかししばらくしてまた悪い癖が出てきた。ジョンレノと岩崎智樹の違いやほかのキャラを作ることで、自己紹介や報告系の動画が増えている。前述のとおりこれは縮小再生産であり新規のファンを獲得する手段になりえない。現に、弾き語ろうがコラボしようがコメント欄では「ジョンレノかわいい」的な動画見ても見なくてもさほど変化しないであろう、ジョンレノ本来の魅力・面白さを受け取れていない者が目立つ。

こういうファンを大切にしようとするのはえらい、でもそうするとだんだん縮小していくだろう。具体的に言えば6月に入ってから登録者は微妙に減り始めている。

 

今ジョンレノに必要なのは、チョコスモ時代以上の新規ファンの開拓じゃないのか。だからなかなか50万人行かんなあって言葉が出てくるんだろう。

 

チャンネルの成長のためにすべき、一つの案

再度申し上げるが、ジョンレノは他のYouTuberの企画をキャラというフィルターを通すことで二重構造の笑いを作れる特性がある。

そしてもう一つ。今のYouTuber界は中小規模のチャンネルが大物YouTuberの後追い企画、二番煎じしかできない。そんな現状があることもここで述べておこう。

 

この2つのことから考えられるジョンレノの活路。

 

 

 

それは、ジョンレノのフィルターを通して後追い、二番煎じをしまくることだ。

 

 

具体的には、

Twitterのトレンドなどから大物YouTuberたちが拾った企画を、サムネとタイトル、動画の入り口でだけ採用

②しかしジョンレノは不安定なのですぐ企画崩壊

③最後は全く違う話題、方向性のボケでシメる

 

以上3点の構造だ。①で一般層を期待させ、②③で2段階の裏切りを用意する。笑いは裏切り、二重構造。異端なようで現代の笑いにマッチした動画になると思う。

しかも元の企画自体はYouTubeの急上昇に転がっているので、他チャンネルに比べて0から企画を立てる労力が多少省けるというメリットがある。さらに、「有名人がやっててもう見たことある」という、コンテンツとしては廃棄物になるはずだったものを再利用する夢のエコシステムでもある。別にこれは新しいことではなく、ジョンレノが今まで実際にやってきて、なおかつそれが受けていたという実績のあるシステムで、それを量産しやすいように構造をここで文字に起こしただけのものだ。

 

DA PUMPのUSAのパロディ動画を例に挙げれば、

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①→有名曲の歌ってみた、踊ってみたというありがちなコンテンツ

②→歌詞もメロディもダンスもちゃらんぽらん、あんなに有名な曲を狂って表現(ここで笑い)

③→全然関係ないひょっこりはんパロディで急展開、最後のオチを作る

 

しっかり①②③のフォーマットを満たしている。ジョンレノは無意識にこれをやっていたのだ。今後はこの型を意識すれば面白い動画が(多少の波はあるだろうが)量産できるはずだ。

 

 

 

最後に、ジョンレノさんへひとこと

 

くそ、おもひれぇんだよぉぉ…

 

マジでごめんなさい。

もしエゴサでこの記事にたどりついたら、低迷期のことボロクソ言っててお気を悪くされたかもしれないですね。もしかしたら熱心なファンの方も。ごめんなさい。もうこれはごめんなさいとしか言いようがないです。でも僕もジョンレノさんのファンなんです。じゃなきゃここまで長いこと書かないし考えないでしょう?

 

さらに罪を重ねるかという感じですが、もしよかったらお願いがあります。

ジョンレノさん、もしこの記事読んで頂けたらご連絡くださると幸いです。あくまでも上記の案は僕の考えで、ジョンレノさんの方針とは違うかもしれないし、事実と間違いがあればすぐに修正させてもらいたいのが1つと、これがきっかけでよりよい面白さについての議論ができたらいいなっていう私欲が1つです。

 

この記事があなたの糧になり、借金返済と収益の足しになることを願うばかりです。

 

 

別にAAAが炎上したからトリプルファイヤーの話するわけじゃない

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松崎しげると映画主題歌やるっていうからさ

最初はマジで音楽ナタリーが派手に誤字ったのかと思った。あまりのガセっぷりに引いたもん。「そんな訳ないだろ何と間違えたんだ」と思って記事開いたら本当に記事名通りの内容がここに記されてるんだから、もういっぺん引いた。ガセじゃなかったらなかったで引くパターンのやつだった。

 

 

これが松崎しげる側からのアプローチだったのかは記事に記されてないし、ちょっと調べるくらいではこの2組が主題歌を、映画の劇伴はトリプルファイヤーのGt.の鳥居真道が担当していることしかわからない。音源も当然のように公開されておらず作風も不明。不気味だ、ルイージマンションくらい不気味だ。

何でこんなにビビってるのかこのバンドについて知らない人にはわからないだろうし、音楽ナタリーフォローしてる人でもこの記事をスルーしてしまう人はいる。ただ気づいてくれ、これ本当におかしいから。あと断っておきますが今日AAAの話は一切しません。

 

 

トリプルファイヤー

 

 

 

 

Vo.の吉田靖直を中心として早稲田大学の軽音サークル仲間で結成され、当初3ピースだったのでトリプルファイヤーと名乗っていたがGt.の鳥居が加入して以降も同じ名前で活動している。4人体制となって以降、吉田作詞鳥居作曲の形で作品を発表し、2014年の2ndアルバム『スキルアップ』を皮切りにその知名度を徐々に伸ばしていく。

特に表題曲『スキルアップ』のMVは当時FMでも常にどこかしらで流れてた水曜日のカンパネラ『桃太郎』のMVと同じ監督だったこともあってフジテレビの「アフロの変」などでも打首獄門同好会などと一緒に紹介されていたことを記憶している。ただし「バカっぽいバンド」的な括りではあったが。

 

その後はどういうわけかVo.吉田の露出がどういう訳か増えた。しかもあの天下のタモリ倶楽部に複数回出演することになった。タモリが注目したのは吉田のワードセンス。彼に「絶対芸人やった方がいい」とまで言わしめた吉田のセンスについてもう少し掘り下げていこう。

 

 ほぼ芸人

なんか「トリプルファイヤー吉田」っていう字面見るだけでR-1準決勝感が匂ってきませんか。そう、バンド名からもう既に議論が始まってるのだ。「当初3人組で始まったからってトリプル」っていう安直さもそうだけど、その次に来るファイヤーて。別にあんたらファイヤー的な曲やらないし一人たりともファイヤー顔した主人公みたいなやついないじゃん。小2の男子が最初に思いつく技名のセンス。早稲田の文学部がこの名前名乗ってるあたりで察せるけど明らかに狙ったダサさ。カッコいい横文字の名前のバンドが多いことからカタカナ語の名前を忌避して命名されるバンドもある中でのこれ。まだバンド組む前の皆さん、残念でした。バンド名で個性を出す最後の手段がトリプルファイヤーで潰えました。

 

ダサさを狙うというセンス自体は歌詞にも出てくる。『スキルアップ』を例に挙げると、

 

ピーって 笛が鳴ったんで 一番大きいボタンを押した
天井の穴を塞いでいた弁が開いて
三色のボールがそこから転がってくる

その中から好きな色を一つ選んで
壁に備え付けられたかごに入れていく
かごの重さに比例してメーターが上昇する
メーターが赤いラインに達した瞬間
壁の穴に棒を突き刺す

棒を突き刺す 棒を突き刺す 棒を突き刺す 棒を突き刺す

スキルアップ

何だこの意味わからん作業は。何の歌なんだダセえなあ。

よくこの歌詞に言及する論評にあるのが、「単純作業のアルバイトに対する皮肉」みたいなことなんだけど、僕にはそういうクレバーな事が言いたいように見えない。

 意味があるのかどうかわかんない単純作業を繰り返していくうちにどんどんその業界での「スキル」が上がっていくし周りからも認められ自己肯定感が上がる。皮肉云々コメントしている人はこの歌詞を裏読みして、そのバイト先を経営してる企業にただ労働力を搾取されている若者を描いたように見えているのだと思う。確かにその観点は無しではない。他の曲もそうだけど、自己の客観視から現実を俯瞰する歌詞って多いし客観視するとその曲の主語が大きくなるから社会に切り込むように見えるようにはなってるとは思う。

 

 ただ僕がアルバムを通して聴いて思うのは、彼が客観視しているのは他でもない自身のダサさなんだと。自分の感性が面白くて表現者の道を歩むと、周囲の「普通」のノリに触れるとあまりのセンスの差に呆れたりする。だけど何かしらの集団に属さないと生きていけないから自然の摂理には逆らえず少しずつセンスが「普通」に近づいていく。会話が弾んだらそれはそれで楽しかったり、クソみたいなバイト先でも褒められたらどうしたって心が晴れたりする。でもそこで自分が見下してたコミュニティのセンスに近づいていることに気付くのだ。

スキルアップ』の歌詞にあるのは、頭おかしくなるくらい意味わからん作業で認められたら平気で「ありがとうございます」って言っちゃう奴、という所までしか書いてない。それがなんだと主張まではしないのだ。この歌詞に出てくるその若者はもうダサくなったまま帰ってこないし気づきもしないから。その気づかない所もダサく見えてくる。

ある意味ツッコミのないボケっぱなしのコントにも似たその構図は「面白いパーティー」「Jimi Hendrix Experience」などにも表れている。ダサい状況を展開のないロックサウンドに乗せることでようやくダサさを自虐する環境が整う、という高度なメタ的要素がトリプルファイヤーの歌詞には存在していると思う。

 

以上が個人的に考察できるトリプルファイヤー吉田のクリエイターとしてのセンスだ。

 

パフォーマーとしては

歌めっちゃ下手。いやこれ上手いって奴はおらんだろ。ただしダサさを演出するには十分すぎるボーカル力だと思う。特に、彼の中で勝手に熟成させたようなグルーブにおけるセンスは唯一無二とまでは言わないまでも凡人のそれとは明らかに違う。例えば、トリプルファイヤーの楽器陣ってライブでも異常なまでに正確な演奏をする。同じフレーズを延々と繰り返すことが多いのにこれを機械的に合わせ続けるバンドの完成度は狂気的にも思えるのだが、吉田はこれに対してちゃんと辻褄が合うように少しズレる。

そのパフォーマンスを裏付けるかは微妙だが、ライブMCでも本人が言ってたのは「グルーブを自分の波に一体化すると自我とか無くなって幸せな気持ちになるってことをやろうとしてる」。歌詞が現実のとても近い所にある分、その具体性を表現するときに一体感があると個の集まりだったはずのバンドが1つの抽象的な不安定さを生む、そういう挑戦だと僕は解釈する。

 

複雑な解釈になったが、平たく言えばこの星野源もどきは適当に歌ってるわけではないということだ。

その証拠となるであろう動画が存在する。2016年の呂布カルマとのMCバトルだ。

 

  

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どうやらこれも新しいファンを獲得したきっかけの一つらしい。僕のこちらの界隈に関する知識は有名プレイヤーの名前とスタイルを僅かに知るばかりでコメント欄の一般論を要約するに甘んじているのだが、このパンチラインとリズム感と会場の雰囲気は称賛に値するようだ。これちょっと勝手に嬉しくなるやつ。

 

 

 

さて、ここまで読んでくださった方は、トリプルファイヤーというバンドとそのフロントマン吉田靖直についてある程度理解できたのではないだろうか。はいじゃあここで冒頭の話題に戻しましょうよと。

 

松崎しげると映画主題歌やる人です

いや嘘つけって思うでしょ?これが事件だってわかるでしょ?相手はあの『愛のメモリー』だというのにこのバンドマンときたら美しい人生も限りない喜びも胸のときめきも1ミリたりともないんだもん。

マジで世界観が合致するとしたら塊魂のBGMでしかありえないこの2組。令和の音楽史は彼らが破壊して始まるのかもしれない。それでは。

 

突然少年のことを銀杏BOYZと呼ばないために

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※私立理系大学1年生ではなくバンドです

 

 

予防線の意味で言っておくが、僕はこういった「エモい」タイプのバンドは趣味ド真ん中ではなく、普通にKing GnuとかTempalayあたりを好むミーハーだ。

そういう人間が昨日今日で調べたり考えたりしたことを書いている文章が今から続きます、ご了承ください。

 

一応どんなバンドなのかご説明します

 

 

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※別にいじめられててこういう格好してるんじゃありません

 

 

西東京市出身、高校の軽音楽部の4人で結成され、ライブを中心としてソウルフルなサウンドを展開している。大武茜一郎(Gt. Vo.)が作詞作曲を担当し、ストレートな歌詞に描かれているのは主に「うまくいかないけれどワルにもなれない若者にある、どうしようもないマイナスな感情に寄り添う言葉」そんな感じだろうか。

現在レーベルはP-VINE。2018年にはFUJI ROCK FESTIVALにも出演したことで知名度をあげたようで、因みに言うとGt.のカニユウヤは菅田将暉のアルバムにも参加している。

 

この動画のように、ライブによっては裸で演奏することも。さて、ここまで確認したうえで、

 

 

銀杏BOYZっぽくないか

アーティストに対して先輩アーティストの名前を出して「~っぽい」「二番煎じ」「第二第三の〇〇」みたいに言うのって僕はとても失礼だと思うし、知ってるもので何でも例えないと会話ができない違いのわからない奴みたいでダサいとまで思ってる。言ってしまえば新しいアーティストを知った時にそういう思考をするのは危険だとすら思う。彼ら固有の魅力を知ろうとする機会が失われて感覚が鈍っていくからだ。

 

とはいえ、

 

誠に残念なことではあるが自分が外様になるジャンルにおいては本能的に脳が似たものを使って理解しようとするか最悪拒絶するかという選択にもなりがちである。現に僕の母親はバンプとラッドの区別はまるでつかないし、なんならドロスとも混同している。それは仕方ないことなのかもしれない。

 

僕が銀杏BOYZを感じたのは曲調というよりもそのパフォーマンス。まあまずその裸よね。裸といえば峯田和伸峯田和伸といえば裸みたいなところあるじゃない?(ご存知ない方のために補足しておくと、今でこそ石原さとみとW主演で連ドラ出てるけどライブで裸になって書類送検とかされてる人です)

他にもノイジーなギターサウンド、泣き叫ぶようなボーカル、日陰者に寄り添う歌詞など、随所に銀杏BOYZリスペクトを感じる(敢えてリスペクトという表現をするが)。

 

勿論、忘れらんねえよのようにそういった特徴を持つバンドは多々ある。このジャンルのバンドはそういうものだと思えば何かに似てるという言い方はできないだろう。

でも動画タイトルにあるSUDDENLY BOYZの表記はいかがだろう。仮に彼らに寄せる意図がないとしても、そう思われても仕方ないような要素はあると思う。

 

 

でも、バンドって往々にして自分だけのアイデンティティを模索するものでもあるし、カテゴライズされることを拒んだ若者が行き着く一つのコミュニティでもある。僕らがバンドを好きである以上、類似点を見つけてしたり顔するのはもうやめないかと。

 

 

何が突然少年なのか

この問いに答えるキーワードの一つに「今」があると思う。バンドはいずれ年をとる。30代40代になって忘れていく感覚もあれば、それらを失わずにおっさんになって痛い奴扱いされるバンドマンだっている。

悲しい未来が待ってるかもしれないが少なくとも「今」彼らは若者で、「今」ライブハウスでバンドをしていて、「今」もがいてスターダムに上ろうとしている。どう見てもいじめられっ子にしか見えない彼らの変遷に「今」僕らが立ち会えるということだけで、彼らの音楽を聴いて興奮する価値を見出すのに十分な理由付けになるんじゃないかと。外様はそう思いました。

 

 

tower.jp

 

そんな彼らの「今」アルバム、「今」発売されました。聴きます。

 

Y NAKAJIMAとかいうお手軽ダークウェブ

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YouTuberの話です

半年ほど前だったか、おなじみのYouTuber達が独占する「急上昇」のページに怖いサムネの短い動画が突然姿を現した。

 

 

Vtuber始めて2本目の動画です

 

首が不自然な方向に曲がっていれば人は気味悪がるとホラーの教科書かなんかに書いてあるのだろうか。おまけに子どものおもちゃとして一般認知度が高いトーマスに生っぽい肉体をつけるというお手本のようなトラウマ感。トラウマ界のNHKだ。

 

あからさまに人の不安を煽るこのVtuber動画群は何度も急上昇の上位にランクインし、コメント欄では「手軽に楽しめる深層web」と揶揄されていた。

すごく的を射たコメントだったのでパクって記事名にした

 

深層Webとは

一般の検索にはヒットせず、またリンクから飛ぶこともできないものもある、俗にちょっとヤバいアンダーグラウンドなサイトとして認知されているが、実際は学術論文なども含まれているので全然ヤバくないものもある。

一方ちょっとヤバいどころか犯罪ド真ん中の違法サイトもあるので、気軽に楽しめるものではない。ヤバくなくても学術論文なんだから楽しめるとかじゃないし。

 

その深層Webの中で、ヤバい方、或いは不気味で意味の分からないサイコなページのことをダークウェブというのだが、Y NAKAJIMAの作る動画の雰囲気はまさにそれに近いもののようだ。

 

 

彼の作品で最も人気なのがこれだ。

 

先程のVtuber動画とはうってかわってマシン制作をしている。基本的にはこちらの造型系の動画が中心で、ハード屋としての基礎があった上でVtuber動画に見られる映像制作をこなしているようで、いわばデザインエンジニアだ。

何年か前から「次世代のものづくり」と呼ばれているが、もうそろそろ今世代のものになりつつあるデザインエンジニアの求人は増える一方、収入はさほど上昇していない。それを考えると彼のような人材がYouTubeで収入を得ようとするのは必然の流れなのかもしれない。

 

 

Y NAKAJIMAとかいう有能デザインエンジニア

一体彼は何者なのか。つい先日このような動画があがった。

 

※これは実写です

 

フリーランスの造形作家、映像作家、ライターとして実名で活動していることが明かされた。めっちゃ仕事してる。えらい。衝撃だったのは一番金払いが良いのがYouTubeだということ。日本での仕事はそもそも金にならないのか、そもそも世界的な相場がもともと低いのか。いずれにしてもフリーで生活しているという事実が彼の多方面での実力を物語っている。

 

動画タイトルは英語で内容があまり言語を必要としていなかったため、海外からのファンも多い。日本より賃金が高い国でのお仕事が増えることを割と真面目に祈ってます。

 

軽い気持ちでダークウェブとか言ってすみませんでした

 

 全然ダークじゃないし次の動画楽しみにしてます。

 

あと本当のお手軽ダークウェブっていうのはこういうものだから。 

 

 

 

 Vtuberの  ォ逅 (んぬぐむ)です。

 Y NAKAJIMAと並べるのはなんか畑が違うかなあとは思いつつも一応紹介してみました。

 

 不気味で後味悪くなったところで今回は以上です。

それでは。

異世界転生した主人公は本当の異世界を知らない

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小説家になろう」などの投稿作品で、よく揶揄される異世界転生モノのストーリー、確かに主人公がチート能力を披露するものが飽和状態であるにしてもそこまで非難されるほどのものなのか、あまり小説を読まない無学な僕にとっては理解の範疇外だ。

 

知識もないくせにひねくれた思考を持つ面倒な日陰者タイプの人間にはよくあることだが、世間一般に問題視されることは「何が?」みたいな反応をして別のマイナーな着眼点に固執することでアイデンティティを保つ悪癖もとい持病がここでも顔を出しているのだろう、僕には異世界モノにこう言いたくなった。

 

固有名詞カタカナばっかしじゃん

転生系に限らずファイアーエムブレムとかもそうだけど、異世界=中世ヨーロッパの等式が半ば成り立っていることが僕はもう我慢ならないのだ。やれ魔導士やら聖騎士やらってカッコいい役職ばっか並べるのはいいけどどうしてそれが欧州風の名前でなければならないのかと。

そろそろこの点にメスを入れる作家の方はいらっしゃらないだろうか。いやいるかもしれないけどそういった作品がメディアでもネットでも一般認知されるほどフィーチャーされてるのを見たことがない。どうしてこうなっているのか、今日はこれについて妄想してみた。

 

 

考えられるのは、僕らが日本人だということ。かつておフランスという言葉があったように西洋文化、とくにその伝統的な部分に想いを寄せる風土は未だ色濃く残っているからなのではないか。今住んでいる国の対極にある成熟した文化のある風土で、なおかつ時代は前のものともあれば、イメージのしやすい「異世界」なのかもしれない。

でもそれって異世界じゃなくて、ディティールが少しばかり異なる「こちらの世界」ということではないだろうか。並行世界と名付ける方が近い気がする。

例えるならよくドラマに名門大学という設定で出てくる「帝都大学」くらいのひねりのない架空具合、これを異世界と名付けるから同じような世界観のものばかりになる。

ただそんなこと非難したってしょうがないこともわかった。人間の想像なんてたかが知れているし、逆にまるっきり異世界という設定を考えて手足が奇数本の生物を軸に物語が始まったとしても出オチもいいところでそこから読者の頭には内容なんてそれ以上入ってこないだろうからだ。

 

ここまでの分析を自慢げに終えた僕は、クリエイターよろしく逆を行く。

 

 

「現代」の、「日本」をテーマにした異世界

だからってカタカナばっかしにすることないじゃないか。日本にだって「きさらぎ駅」みたいな異世界の要素があるはず。あ、きさらぎ駅知らない人は調べちゃだめだよ、夜の帰り道とか電車とかで不安が止まらなくなりますから。

まあ別にあそこまでホラーじゃないけど、同じ日本語のはずなのに既視感のない固有名詞は作れるはず。そして聖騎士や魔法使いも現代日本に溶け込ませることができるはず(そういえばドラえもんにあったなあそんな話。魔法が日常で科学の方が空想になる世界。やっぱりF先生は未来に生きてる)。

 

というわけで、そんな考えから生まれた僕の異世界転生物語、一般的な異世界モノを軸に初期設定だけ思いついたので忘れないうちに書き残したいと思います。

 

 

 

 

異世界転生してみたら魔王配下の区役所でお世話になった』

  • 主人公は中村たかふみ、就活を控えた引きこもりネット民
  • スーツを買いにコナカに行く途中、路線バスの事故に巻き込まれ意識を失う
  • 目が覚めると病院なのだが、明らかに様子がおかしい
  • ベッドの色が黄緑とかだし看護師さんがやたら甘酒を勧めてくる
  • 外を見て自分が知らない世界にいることをなんとなく悟る
  • 身分証がその世界とフォーマットが違うので警察に保護され書類とか書かされる
  • そこで名前書くと「あ、市町村の方の村なんですね」とか言われる(異世界なので中邑の方が一般的なため)
  • 住むところは一応決まるもののまた住民票関係の書類で区役所に行くものの、区役所なのにタワマンくらい高い
  • 上の方何があるんですかと聞くと魔王や魔物の宿舎だという
  • 区長が魔王なのだがそこそこ財政政策が優秀なおかげで3期連続当選している
  • しかし魔物がコンビニ前にたむろしたり騒音問題に発展することもあり、魔物街の敷地もしだいに広まり始めている
  • その現状を聞いた主人公がなぜか覚醒した交渉力と政治活動への情熱から区議会議員を目指すと共に議会の早期解散と人類の区長再興に向けて少しずつ区役所の上の階の魔物を追い払う物語

 

 

丸投げ

誰か書いてくれる文才のある方いらっしゃいませんか、共にディティールを練って異世界モノの天下とりませんか。

 

そんな夢のような並行世界を夢見て、今日はそろそろ寝ます。それでは。

 

 

 

 

 

 

R-1の会場に紛れ込んだ稀代のメロディメイカー、こがけん

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 観客の反応問題 

違和感を感じた視聴者も多かったのではないだろうか。観客の歓声について、僕は少なくともこれはいかがなものかと些か疑問を抱いている。

 

「観客がどんな反応するかは観客の自由だし、それが笑いではなかったのは芸人の力量の問題ではないのか」という議論もあるとは思う。しかし劇場で観劇のマナーがあるように、笑レースで笑い以外の声が上がるというのは、ネタや芸人の評価に大きく(主にマイナス面で)影響を及ぼすためこれも本来は憚られるものであるはずなのだ。

もちろん、この現象が全て観客の責任であるというのも暴論である。ライブはナマ物とよく言われるし、存分に場の空気に飲まれて感情を出すための物でもあるわけだから。
ただそういった意味では、ライブを作る運営側がいくらでも観客の反応を操作できるということでもある。バラエティ番組ではよく収録が始まる前にスタッフや芸人が観客の盛り上がりを引き出すために、観覧ゲストに拍手や歓声の練習をさせる時間がある。
一般に前説と呼ばれるこの時間、特に生放送では重要になってくる筈なのだが、ここで「『ひえー』とか『ええー』とかはやめときましょうね」と少し強調するだけで、昨日の順位は「面白かった順」になったのではないか。

あくまでもたらればの話にはなってしまうが、個人的にはやはりあの雰囲気に飲まれさえしなければファイナリスト達は苦戦を強いられることはなかった。狂気をはらんだシュールなあのネタも、演技力が抜きんでた技巧に満ちたあのネタも。

 

そして、あの天才ロッカーも。

 

 

こがけんだけ芸の種類が違う

 

芸人(げいにん)とは、なんらかの技芸や芸能の道に通じている人、または身に備わった技芸や芸能をもって職業とする人のことを指す日本特有の概念である。  ―――フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

 

ピン芸人ナンバーワンを決めるR-1ぐらんぷりでは、漫談やコント、リズム芸裸芸と、「面白ければOK」という言葉通りあらゆるタイプのネタが並ぶ。したがってM-1キングオブコントよりも比較による評価が難しい大会と言える。上記の芸人の定義を適用するならば、チョコプラ長田の横にガチの和泉元彌が出てきてもいいくらいの無法地帯なのである。

そんな環境の中でこがけんを除く他のファイナリストは「お笑い」で勝負していたのだから保守的な方かもしれない。

 

それに比べてこがけんは、たった一人でR-1の決勝に自らの音楽知識を引っ提げて常識を壊しに来たわけだから本当にアナーキーな「芸人」だ。そのあたりもロックの魂が滲み出ている。

 

素人がプロの芸人のネタのメカニズムを説明するのは野暮なことだというのは重々承知だが、まずはこがけんが披露したネタの仕組みを解説したい。

 

  • 歌が苦手な男が不思議なマイクに潜在的な歌の才能を引き出される
  • 「どのくらい歌が上手くなるのか」という期待を「裏切り」、なぜか日本の曲なのにありもしない英語詞と原曲と異なるメロディが出てくる
  • 普通の曲だけでなくNEWS ZEROのOP曲にも歌を乗せる才能がつく

 

「歌が上手くなるのかと思ってたら想像と違うクオリティだった」「思ったのと違うので困惑するがこれはこれで満足」、笑いを生む「裏切り」ポイントは大まかに分けてこの2点。逆にあまり他で大笑いするポイントはなかったと見受ける。(ネタを埋める他の小ネタが伝わりにくいのもあるそれにしてもマイクに腕が操られるマイムはもう少しどうにかならなかったのか)

 

以上から笑いとして特筆すべき点はない。ではどうしてこのような記事を書いているのか。その理由は彼の歌に乗せたメロディにある。

 

80年代の洋楽ハードロック

既存の、さらに言えばJ-POPど真ん中のトラックの上に洋楽ロックの主旋律を乗せているこの芸当、果たして笑いの土俵で量ってもいいものなのだろうか。特に崖の上のポニョに関しては洋楽愛がなければ不可能なコアな領域に達していると思う。

 

もともと童謡に近い歌として作曲されたこの曲は、老若男女が歌いやすいように基本は4拍子の拍に音がはまり、小節の頭から言葉が始まるようになっている。ポニョや童謡に限らず日本で大ヒットを飛ばした歌謡曲は往々にしてそういう要素が(主にサビに)現れる。

 

一方こがけんのネタのポニョはのっけから1拍目の裏拍から入る(C'mon, C'mon, C'mon...の部分)。これは一つの母音に複数の子音が付く英語詞特有の歌いまわしから生まれるリズムだ。原曲には存在し得なかったリズム感を違和感なく落とし込むその技は少し洋楽をかじった程度では成しえない才能である。しかもおそらくあの歌い方からして理論を学んだわけではなく感覚で作曲をしていると見受けられるので、よくバンドマン志望の若者に勘違いさせる「理論とか勉強したことないんですよね」系のミュージシャンと同じ類の能力だろう。

 

したがってこがけんという男は、映画への造詣の深さゆえに劇中歌や主題歌の洋楽に精通し、全ての趣味を芸の肥やしにしてきた、他のファイナリストとは種類の違えど本物の「芸人」だったのではないだろうか。

 

一番「芸人」だったのは

マツモトクラブさんです。演技力構成力共に頭一つ抜きん出てます。R-1がコント限定になれば彼の独壇場です。来年も応援してます。

 

 

 

明朝体の偉大さに人類は勝てない

 


動画投稿者としての2年間

ちょうど2年前にYouTubeにゲーム実況の動画を初投稿した。今日みたいに薄曇りでパッとしない天気のことだったと思う。「まったり実況」などと名のついた盛り上がりのない動画を作って多かれ少なかれ収益を得る投稿者で溢れるYouTuber界に一石を投じ、「面白い実況動画」を作るつもりで、友人を半ば強引に連れ込む形で飛び込んだ。

 

過去形を多用するこの文脈から察せられる通り、結果は散々だ。ちょうど2年経った2019年3月現在、チャンネル登録者は93人。収益を得るには1000人が最低ラインだというのにこの有様。桁が2つも足りない。単純計算であと20年は続けなければならない。

 

元来要領が悪く学生として優秀とはとても言えない僕は、学業の傍ら高頻度で動画を投稿するのは難しく、良くても週2回の投稿がやっとだった。僕がつまらない、盛り上がりがないと見下していた投稿者の方々は毎日投稿していた。そもそも追いつこうとすることすら烏滸がましい身分だったのかもしれない。

 

ならば質を高めようと思い、編集だけは力を入れようと独学でテロップなどの見せ方を練習した時期もあった。いや今も多少はそうである。YouTuberが使いがちなフォントは片っ端からダウンロードし、時間の許す限りシチュエーションに相応しいフォントを逐一比較し選択する日々を今でも送っている。

 

…と、ここまで自分があたかも編集に苦労しているような書き方をしたが、実はほとんど考えないで頼り切りなフォントがあるので最近は時間をかけていない。

 

だって、

 

僕にはもう明朝体がついてるから

今日綴りたいのは実況者の回顧録ではない、明朝体の魅力についてだ。

 

普段フォントを気にしない方々からすれば、ああ学校のジャージとかに刺繡されてるあれねとしか思えないかもしれないが、正直言って無限の可能性を秘めていると言っても過言ではない。マジビビるよ。

 

 

生息域について

 

配置されたシチュエーションによって数々の表情を見せる明朝体はもはや生き物だ。今日はその代表的な生息域とそれがバイオームに与える影響をいくつかご紹介していこう。

 

1.ヱヴァ

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みんな大好きヱヴァのぶっとい明朝体。この種はヱヴァに隙あらば出てくるというだけでなく、それに憧れた多くの動画編集者がプロアマ問わずパロディをしている(イッテQなど)。黒字に白の明朝体を使うだけで何のパロディだかわかるからだ。編集上の行程も一番楽。縁取りもいらないし色に拘る必要もない。コスパ最強でパロディ笑いを引き出せる。よほどの強い信念がなければこの明朝体は一度は使ってしまうだろう。

ちなみにこれ、有料フォントなのだ。以前調べた時は万は下らなかったのだが最近は公式で4600円+税で購入可能とのこと。ヱヴァ明朝の繁殖に、皆さんも一役買ってみてはいかがだろうか。

 

 

2.ちょっと前の邦ロックバンドのMV

 

※曲名です

 

この明朝体は2010年代前半に流行ったダンサブルロックや残響系、広く言えばインディーロックのバンドのMVに棲みつき、バンド名や曲名を画面いっぱいに映し出すことで主にひねくれた若者の脳内にインパクトを残すという形で生き残っている。

ただしこの勢いは現在は若干下火になっている。便利なのでみんな使いすぎてもはやダサくなってしまったのだ。カテゴライズされることを恐れ一般から離れた音楽性を好んでせっかくグレた音楽やってるというのに無意識に画一化された演出に収束していたとなれば格好もつかない。それにいち早く気づいたのか映像作家の加藤マニ氏はちょうどこの明朝体ブームのころからゴシック体を多用し、一応それが現在ではヤバTをはじめあらゆるアーティストのMVで見られるようになった。

 

したがって1人の映像作家が持ち込んだ外来種によって、明朝体の生息域が脅かされていると言えるだろう。地域的な絶滅危惧Ⅰ類だ。

 

 

 

いや、ゴシックは外来種だよだってカタカナだし。明朝体漢字でしょ?だから国産だよね?

 

 

 

 

生息数が減ったという話題に戻すと、増えすぎたことによって自浄作用が働いたとも解釈できる。そもそも個性を主張するためのフォントがあの便利な明朝体とあれば人類はその養殖に躍起になるわけだが、局所的に個体を増やせば自家中毒を起こして次第に枯れていくのはセイタカアワダチソウの例を見る限り不自然なことではない。いやいいんだよそれ外来種じゃんとかいうツッコミは。要らない要らない。そういう寒いこと言う奴は吐溜めフォント使ってさほど面白みのないフレーズを不必要にインパクトつけてサムネにしてろ。

 

 

3.漫画

 

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(バキ道より)

 

こちらは原始の明朝体だ。そもそも明朝体は、縦線が太く横線が細いという振り切ったデザインからシリアスなシーンを強調するために使用される。一方コミカルなシーンで台詞でも発した本人は至って真面目であることを表現して客観的に笑いを演出するという効果も持ち合わせている。おそらく時系列的には前者から後者が派生したものと推察される。古典の授業で習う「なのめなり」のようなものだ。元の意味が普遍的になりすぎて皮肉として逆の意味で用いられたものがこれも普遍となるパターンが明朝体で起きている。全てこれも明朝体の便利さ故である。

 

これからもこの原始的な種は毎週もしくは毎月、再生紙の上でフォントの原理を雄弁に物語り続けるだろう。

 

 

おわかりいただけただろうか

 

この便利さ故の偉大さを。何につけても合うというこのフレキシビリティ。検索すればわかるが太字細字含め明朝体には今なお多数の種が現存しておりそのカンブリア爆発は留まるところを知らない。人類はいずれ明朝体にひれ伏すのだ。その時を預言するものとして、今日はここまでにしておこう。

 

それでは。